障害者雇用の促進は、国としての労働政策の1つに掲げられています。一定数以上の社員を有する事業主にとって障害者雇用は義務であり、障害者雇用をしようかと考えている社長も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、障害者雇用で起こりうる問題と対応策や利用できる助成金など、現在障害者雇用を行っている企業にとっても有益な内容を解説します。
まずは知っておきたい!「障害者雇用」の基礎基本
まずは、障害者雇用の基礎基本について解説していきましょう。
「障害者雇用」とは?
「障害者雇用」とは国の労働政策の1つであり、障害の有無に関わらず、誰もが自分に合った働く場を得て自立した生活が送れる社会の実現を目標にして、掲げられたものです。
障害者の雇用の促進を目指し、一定数以上の社員を有している事業主には「障害者雇用率制度」に基づいて、障害を持つ人雇用する義務が課せられているのです。
「障害者雇用率制度」とは?
障害者雇用促進法に基づいて定められているのが、「障害者雇用促進率制度」です。社員数によって障害者何人の障害者を雇用するかという割合を具体的に定めたもので、対象企業は従業員数43.5人以上の民間企業のみならず、国・地方公共団体も含まれます。
具体的な割合は、「2.3%(2021年3月より)」です。この割合は数年ごとに引き上げられており、今後もその傾向は続くことでしょう。
未達成の企業は?
障害者雇用促進率を達成させ、雇用義務を履行しなければ、ハローワークから行政指導を受けることになってしまいます。ただし現状では現実問題として達成できない企業も多いため、罰則ではなく「納付金」を収める形となっています。
達成企業は?
障害者雇用促進率の達成企業は、調整金・助成金の支給が受けられます。
「障害者雇用」の対象は?
障害者雇用における「障害者」とは、求人応募の際に障害のあることを申告した、障害者手帳の所有者を指します。日本では求人応募の際に障害の有無を申告する義務はなく、申告しない障害者は一般雇用となり障害者雇用には当たりません。
障害者雇用における「障害者」の「障害」とは、次が挙げられます。
・視覚・聴覚・肢体不自由・言語機能障害など身体機能の一部に障害のある「身体障害者」
・知的障害者判定機関によって公的に知的な障害があると判定された「知的障害者」
・てんかんや統合失調症、うつ病などの精神疾患のある「精神障害者」
障害者雇用のメリットとは?
障害者雇用は義務ではありますが、導入することによる次のようなメリットも考えられます。
企業全体の見直しのきっかけになる
一般的な雇用とは異なり、障害者雇用は障害を持つ人が働くうえでのさまざまな配慮が必要です。その人の特性を生かし、業務効率を熟考した後に雇用するのではないでしょうか。それら業務の最適化や効率化は、障害を持つ人にとってだけでなく、企業全体にとっての業務・効率を見直す良いきっかけになり得るのです。
生産性の向上
障害を持っていたとしても、与える労働環境によっては十分に力を発揮して戦力となってくれるはずです。とくに近年ではデジタルツールや技術の進歩も目覚ましく、障害を持っていてもできることも増えています。障害を持つ人を貴重な戦力にできれば、社会的な義務を果たしつつ生産性もアップさせられるでしょう。
社会的責任を果たせる
障害者雇用は社会的な責任であり、積極的に障害者雇用を行う企業は社会的な評価も得られます。
日本における障害者雇用の現状・問題点とは?
日本において、障害者雇用の問題点はどのようなものがあるのでしょうか。現状における問題点には次のようなものが挙げられます。
中小企業の遅れ
年々民間企業における障害者雇用は進んでいるものの、中小企業の雇用率に遅れが見られます。
精神障害者の雇用定着率の低さ
障害者雇用枠の対象となったのが2018年からと最も遅い精神障害者の雇用は、まだまだ課題が多く、雇用定着率も低いのが現状です。
社内の理解が得られない
経営者は障害者雇用を進めようと思っても、社員の理解を得られない企業が多いのはご存知でしょうか。実際に同僚として身近で働くことになる社員は、経営者以上に不安があるのでしょう。その不安は障害への知識・情報不足に起因しているものなので、まずは障害を持つ人への理解を進める必要があると言えます。
良い人材確保が難しい
一口に「障害者」と言っても、自社に合う良い人材を雇用したいと考えるのは自然なことです。ただ、どのように求人活動を進めればよい人材を得られるのか分からない、良い人材を雇用するのが難しいため、積極的に雇用しようという動きにならないのです。
障害者雇用のノウハウ不足
一般的な求人による雇用には慣れている企業でも、どのように障害を持つ人を雇用し、就業を進めるかのノウハウを持ち合わせていることは少ないはずです。各企業がノウハウ不足のままで、障害者雇用が進まないのが現状なのです。
障害者雇用の流れとは?
障害者雇用を導入するのに、いきなり求人を出すのはNGです。次のような流れで進めましょう。
支援機関や相談窓口へ
まだ何も具体的なことを決めていない段階でも構わないので、不安や気になることのある場合にも、まずは相談機関・相談窓口へ行ってみましょう。そのような場所を利用すれば、障害を持つ人やその人の働き方を知れるからです。障害を持つ人の職業訓練や作業の様子を見ることで、雇用した後のイメージもつかめるでしょう。企業向けのセミナーや研修も開催されていて、理解を深める良い機会になります。
業務内容の検討
障害を持つ人について、また障害を抱えた上での働き方についてのイメージを持てたら、自社でどのような仕事を担当してもらうかを検討します。新たなポジションを創出するよりも、現在処理しきれない業務、人手の不足している業務を洗い出すのがいいでしょう。
初めてのことなのでどのような作業を任せればいいのか分からないなら、実際の雇用事例を参考にするのもいいでしょう。雇用事例は、障害者促進センターがWeb上でも紹介しています。
受け入れ準備
障害を持つ人に任せる業務内容が決定したら、全社を挙げて受け入れ態勢を整えましょう。自社としての障害者雇用の方針・サポート体制について、全社員に周知させます。
障害を持つ人を受け入れる部署のみならず、雇用の形態や労働時間、採用時期や賃金など決めるべき事柄は数多くあるのです。労務の管理や雇用形態などの専門的なことは、社会保険労働士に相談する必要もあるでしょう。
求人票を出す
企業としての障害者雇用の準備ができたら、管轄ハローワークを利用して求人票を出し募集開始します。応募者がいた場合には採用面接を行うので、準備しておきましょう。
雇用の継続に努める
採用者が決定したら、事前に決めていた業務に当たってもらいます。決して放置せずに適切な補助・配慮をして、障害を持つ人が安心して働けるように心がけましょう。また、実際の本人の適正やスキルから、業務内容などを再考する必要もあるかもしれません。
障害者雇用を始める・障害を持つ人を職場に定着させるための企業の課題とは?
企業が障害者雇用を始めるに当たって、そして雇用した障害を持つ人を職場に定着させるに当たっての課題は何でしょうか。
社員の正しい理解
厚生労働省の調査によると、障害を持つ人の離職理由として多いのが「職場の人間関係・雰囲気になじめなかった」というものです。これは、受け入れ側の社員の理解を得られていなかったことが、大きな要因であることが多いと言われています。
職場内の協力体制
障害者雇用の定着率を上げるには、現場でのマネジメントや合理的配慮が必要になります。それには、社内での協力体制の構築が必要不可欠です。そのためについつい社員にばかり求めることが多くなってしまうものの、それでは反発にあってしまうのも無理はありません。障害者就業・生活支援センターなどの関係機関と連携していくのがいいでしょう。
コミュニケーション
障害を持つ人の雇用をした場合には、当人からの相談に乗り適切に対処する相談窓口を設置するなど、安心して働ける体制の整備が義務付けられています。窓口の設置はもちろん、普段から雇用した人とコミュニケーションを図り、不安ごとや仕事上の不都合などを解消できるように努めましょう。
職務内容
障害者雇用とは言っても、データ入力やシステム開発などのデスクワークや、店頭に立っての販売・接客など、できる職種はさまざまです。適材適所で、本人の適正や希望を汲みながら活躍できる仕事を任せるという点では、障害の有無は関係ないかもしれません。
ただし、視覚障害者は視覚的判断の必要のない仕事、肢体障害者は着座でできる仕事など、障害の特性は十分考慮しなければなりません。
勤務時間
障害を持つ人の中には、定期的な通院が必要な人や、雇用先が自宅近くに見つからず通勤時間が普通の人より長い人も少なくありません。また、障害の特性によって、疲れやすい人もいることでしょう。長期就業を実現するためには、時短勤務など柔軟な勤務時間を取り入れる必要があります。
社員の理解を得るポイントとは?
経営者として障害者雇用を促進することは素晴らしいものの、実際に日々障害を持つ人のフォローをしながら一緒に働くのは、自社の社員でしょう。障害に対する理解が深まっていないままで雇用し、「障害を持つ人ばかり優遇されてずるい」「うまく指示が通らない」などの不満が出てしまう企業も実は少なくありません。
そこでここでは、職場の社員の理解を得るためのポイントを紹介していきます。
雇用・配属の目的を理解してもらう
障害者雇用の促進は国の定めた義務であるとともに、ダイバーシティ(多様性尊重)の促進や社会的責任の実現にとっても重要なことです。そのような価値を社員に理解してもらい、障害を持つ人の雇用についての正しい理解を図りましょう。
まずは、自社としての障害者雇用の方針・現状を伝えます。さらに啓発資料を全社員に配布したり、カウンセラーや専門機関による研修会を開催したりして、理解を深めていきます。それぞれ単発で終わってしまうのではなく、随時社内報で進捗状況等の周知徹底を図っていきましょう。
必要な配慮内容の周知
障害の有無が一見して分からないような人だと、配慮されていることに対して不平等感を覚える社員も少なくありません。一般的な障害についての理解とともに、実際に同僚となる人の障害の特性や、できること・できないことを具体的に周知しましょう。
ただし障害を持つ人にとってかなりパーソナルな内容になるので、社員に周知していいかどうかはしっかり確認を取る必要があります。
コミュニケーション方法・留意点を伝える
障害者雇用に抵抗感を示す社員の多くは、障害を持つ人と接した経験のなさから、どう接していいのか分からないことが根底にあるのです。具体的にどのようにコミュニケーションを取ればいいのか方法さえ分かれば、戸惑うことも少なくなるでしょう。
適切なコミュニケーションの取り方は1人1人で異なるので、その具体的な方法を伝えるとともに、腫れ物に触るような接し方はしないこと、障害を持たない人同様に障害を持つ人にも個性のあることも伝えておきます。
サポートをお願いする
経営者は障害を持つ人の採用に当たりますが、日々の業務の細かな様子まで把握してフォローするのは不可能だと言えます。障害を持つ人の同僚に当たる社員に確認を取ったり、報告してもらったりするとともに、日々のサポートもお願いしましょう。
緊急時の対応を周知する
万が一の災害時に肢体不自由者はどうすればいいのか、精神障害を持つ人がパニックになってしまったらどう対応すればいいのかなど、不測の事態への対応も事前に考え周知しておかなければなりません。
障害者雇用を行う企業が活用できる助成金制度
障害者雇用を行う際に要件を満たしていることで、企業はさまざまな助成金制度を利用できるようになります。
特定求職者雇用開発助成金
ハローワークなどを通じて障害を持つ人を雇用した事業主が対象で受けられる助成金です。雇用する人の障害によって「特定就職困難者コース」または「発達障害者・難治性疾患患者雇用開発コース」のどちらかが選べます。
トライアル雇用助成金
障害を持つ人を試験的に雇用した場合や、週20週以上の勤務の困難な発達障害・精神障害を持つ人を試験的に雇用した場合に受けられる制度です。
障害者雇用納付金制度に基づく助成金
障害者雇用率を達成した企業に対し、障害者雇用に際して必要になった費用を助成してもらえる制度です。原資は障害者雇用率未達成企業の収めた納付金です。
人材開発支援助成金
障害を持つ人の雇用促進・雇用継続に当たっての、職業能力の開発・向上を目的とした訓練事業を行う事業主が利用できます。
キャリアアップ助成金
7つのコースがあるうち「障害者正社員化コース」は、障害のある有期限雇用労働者を、正規雇用・無期雇用した場合に利用できる助成金です。
障害者雇用を行うに当たっての経営者の心得とは?
障害者雇用を行った際に、日々障害を持つ人の近くで接することになるのは自社の社員でしょう。ただし障害者雇用を成功させるには、経営者の手腕が必要となります。そこで最後に、障害者雇用を行うに当たっての経営者の心得を紹介していきます。
障害者を雇用するのがゴールではない
障害者雇用率は年々上昇することが考えられ、経営者としては無視できない課題です。ただし、障害を持つ人を雇用したらそれがゴールではありません。
障害を抱えていてもできそうな仕事を新たに用意したり、お客様のように扱ったりするのはやめましょう。障害を持っていたとしても1人のれっきとした戦力として、企業の成長のために活躍してもらうスタンスでなければ、当人に失礼です。
事前の社内ルール作りがカギ
障害を持つ人を雇用してみて問題や不都合が発生するたびにルールを定めていくのでは、当人側からも社員側からも不満や不安が噴出してしまうことでしょう。障害者雇用を成功させるカギとなるのは、事前の社内ルール作りなのです。
まずは、「雇用する人のできること・できないこと」「サポートが必要な場面」「サポートに当たる社員は誰か」から決めましょう。
特別扱いが社員の理解を妨げる
障害を持っているから、と1人1人の特性や適性も見極めずにただ優遇していれば、社員との溝が深まってしまい、結果的に障害を持つ人には居心地の悪い職場になってしまいます。経営者自身がまずは、障害やその人自身について正しく理解することから始めましょう。
日々の様子を観察・面談で把握
経営者としては、障害を持つ人を採用すれば仕事が終わったように思えてしまうかもしれませんが、それは違います。採用した人の日々の様子を観察したり、本人とサポートに当たる社員の両方と面談したりして、様子をこまめに把握するようにしましょう。
まとめ
障害者雇用は一定数以上の社員を有する企業の経営者・社長にとっての義務ではありますが、同時に社会的責任を果たせ、企業全体の見直しになるなどメリットも多々あります。雇用に向けては専門機関へも相談でき助成金制度もあるので、公的なサポートも大いに活用しながら障害者雇用に積極的に取り組んでいきましょう。