主婦の方でパートやアルバイトをしている人も多いでしょう。しかし思うように仕事ができず不満を感じている方もいらっしゃるでしょう。よくいわれる「年収の壁」があるからです。
国もこの年収の壁対策の施策をいろいろと講じています。今回紹介する「年収の壁・支援強化パッケージ」も施策の1つです。2023年10月より開始された施策ですが、詳しい内容はよくわからないという方にむけてまとめました。
そもそも年収の壁とは何か?
ニュースやワイドショーなどで「年収の壁」はしばしば取り上げられます。しかし名前は聞いたことがあるけれども、具体的な内容については理解していない方も多いかもしれません。まずは年収の壁について、わかりやすく解説していきましょう。
扶養から外れてしまうこと
年収の壁とは簡単にいうと、扶養から外れてしまって税制や社会保険の恩恵が受けられなくなってしまうことを指します。妻の税金や社会保険料を負担しなければならなくなったり、夫の税負担が増えたりしてしまいます。その結果、年収は額面的には増えても出ていくお金も増えることで、実質手元に入ってくる収入が減少するわけです。
そこで「扶養の恩恵が受けられる範囲で働こう」となってしまいます。本当であればさらに働けるにもかかわらず、仕事をセーブする人が出てくるわけです。日本は今後少子高齢化がますます進み、労働人口が減少すると予測されています。ところが年収の壁で働ける人が働かなくなってしまうと、産業を回していけなくなる恐れが出てきます。
どのような壁がある?
年収の壁は一つではありません。いくつもの壁が主婦の働ける範囲を制約してしまいます。まず年収が100万円以上になると、住民税を負担しなければなりません。続いて所得税の課税対象になる103万円の壁が立ちはだかります。
さらに社会保険の壁が待ち受けています。社会保険の壁は2段階です。まず従業員101人以上の企業の場合は106万円です。こちらを超えてくると社会保険には強制加入、保険料を負担しなければなりません。100人以下の会社でも130万円を超えてくると、社会保険に加入する必要が出てきます。
そして最後の壁が150万円です。主婦がこの年収を超えてきた場合、配偶者特別控除の恩恵が失われます。このようにいくつもの壁があるので、世の主婦は年収を超えないようにシフトの調整をいろいろと考えなければなりません。
問題なのは106万円と130万円の壁
いくつか壁があるものの、この中でも大きく影響してくるのは106万円と130万円の壁です。社会保険に加入すると、社会保険料を負担しなければなりません。この社会保険料の負担は決して小さくありません。社会保険料の負担で、それまでの手取りよりもかなり減ってしまいます。
「では社会保険料分働いて稼げばいいのでは?」と思う人もいるでしょう。しかし社会保険料分のマイナスをリカバリーするためには、かなり働かなければなりません。よって「それなら働く時間をセーブしよう」と考えてしまう人も出てくるわけです。厚生労働省がこの度発表した年収の壁・支援強化パッケージは、この106万円と130万円の壁への対処策として、策定された施策です。
年収の壁・支援強化パッケージについて解説
年収の壁対策として、厚生労働省が打ち出したのは年収の壁・支援強化パッケージになります。主に106万円と130万円の壁に対応した施策なのですが、具体的にどのような対処をしているか詳しく解説します。
106万円の壁対策
106万円の壁対策として、キャリアアップ助成金の支給が挙げられます。106万円を超えると、社会保険料を従業員は負担しなければなりません。従業員を引き留めるために、保険料の部分がカバーできるように手当支給や賃上げした会社に対して、助成金を支給するわけです。
まず手当の場合、1年目と2年目に賃金の15%以上追加支給した場合、それぞれ年間1人当たり20万円の助成を行います。さらに3年目以降に賃金の18%以上増額した場合、3年目の助成額は1人当たり10万円です。いずれも社会保険促進手当の増額が条件になります。
実例でシミュレーションしてみましょう。これまで年収104万円だった人に対して106万円の給料を支給したと仮定します。こうなると大企業の場合、社会保険に加入しなければなりません。約16万円の保険料が支出されます。ということは、保険料を差し引いた90万円が、その人の実質的な手取りです。
もしこの保険料に相当する16万円を企業が、社会保険適用促進手当として支給すると助成金が企業に給付されます。「従業員の手取り収入が減少しない取り組みを行った」と評価されるからです。企業にとっても手当は出しても助成金がもらえるので、結局人件費のコスト増にはなりません。
もう一つは労働時間延長メニューです。週所定労働時間を増やした従業員が対象で助成金が給付されます。まず4時間以上であれば、賃金の増額に関係なく1人当たり30万円が助成されます。4時間未満の場合、賃金の増額が追加条件です。もし3時間以上4時間未満で、賃金が5%以上増額したのであれば、助成の対象です。
同じく2時間以上3時間未満は10%以上の賃金増額が条件となります。1時間以上2時間未満の場合、15%以上の賃金増額が条件です。いずれも条件を満たせば、1人当たり30万円助成されます。
1年目に最初の手当の助成を受けて、2年目に労働時間延長の条件を満たせば30万円受け取ることも可能です。上で紹介した助成額は中小企業を対象にしています。大企業の場合、それぞれ支給額は3/4になるので注意してください。
また社会保険適用促進手当で、被用者保険適用によって保険料分の手取り収入減少対策として手当を支給した場合、社会保険料の算定対象から外す施策もあります。算定対象外となるのは、従業員負担分の保険料相当額が上限です。
130万円の壁対策
130万円の壁対策として、厚生労働省が今回打ち出したのは、被扶養者認定の円滑化です。これはパートタイマーなどが一時的に収入変動した場合、最長2年間扶養にとどまれるというものです。ただし条件があって、一時的な所得増加であると事業主が証明しなければなりません。
具体的に見ていきましょう。あるパートタイマーが月収10万円で仕事をしていたとします。しかし繁忙期にそのパートにお願いして、残業して働いてもらったと仮定しましょう。その分の残業代が20万円だった場合、その人の年収は140万円となって本来なら即扶養から外れないといけません。
しかし130万円を超えても、これが一時的な収入増であると事業主が証明すれば、扶養から外れることはありません。これなら年収の壁を気にすることなく、パートタイマーの人々に働いてもらえます。新規人材を募集する必要も無くなるわけです。
その他に配偶者手当への対応もこのパッケージの中に含まれています。見直しの手順をフローチャートで示すなど、従来よりもわかりやすい資料を作成しています。新たに資料を提供することで、会社の配偶者手当の見直しを進めるのが目的です。
年収の壁・支援強化パッケージのメリットとデメリット
年収の壁・支援強化パッケージが提示されたことで、一定の効果が期待できるといわれています。しかしデメリットや注意点、課題も指摘されています。それぞれ解説していきますので、両方について見ていきましょう。
一定の効果は期待できる
年収の壁・支援強化パッケージの導入によって、一定の効果はあるだろうと見られています。日本が抱えている労働問題として、労働力不足が挙げられます。少子高齢化によって現役世代がますます減少してしまうので、労働力の確保は業種関係なく深刻な問題になっていくでしょう。しかし、年収の壁を気にすることなく働けるようになれば、現在仕事をしている従業員に対して労働時間の延長も比較的依頼しやすくなるでしょう。労働力が確保できて人手不足に悩むこともありません。
また働く側にとってもメリットがあります。本当は働きたいけれども、年収の壁がネックで勤務時間をセーブしてきた主婦も多いでしょう。厚生労働省の調査によると、パートナーがいる女性のパート従業員の中で「就業調整をしている」と答えた人は21.8%いました。
その理由についても調査していて、「130万円の壁」と答えた人が57.3%、「106万円の壁」と回答した人は21.4%いました。両者を合わせると、78.7%にも達します。今回の対策によって、106万円と130万円の壁が取り払われれば、この人たちがさらに労働してくれる可能性も高まります。
働けば、その分所得も増えるでしょう。家計も潤って、いろいろなところにお金を支払うようになるかもしれません。お金が回ることによって、日本の景気回復に貢献できる可能性もあります。日本は長くデフレ状態が続いているので、お金が回りインフレ傾向になれば経済にもプラスになるわけです。
暫定的な措置である点が問題
年収の壁・支援強化パッケージのデメリットとして、あくまでも期間限定的な措置であることが指摘されています。2023年に発表された段階では、2025年末までの時限的な措置になっています。2026年以降どうなるかは不透明です。
政府では2025年末までに、年収の壁の抜本的な改革案を提示するとしています。しかし具体的にどのような制度になるのかは、まだわからない状況です。年収の壁・支援強化パッケージは延長される可能性もありますし、まったくの新制度になる可能性も否定できません。新制度になった場合、どの程度の恩恵が受けられるのかもわかりません。
申請できるのは企業
今回のルールでは、助成の申請ができるのは会社です。そして助成金は会社に支払われる制度になっています。たとえ職場が助成対象であっても、会社がそのことを知らずに申請手続きをしなければお金を受け取れなくなるわけです。
また助成手続きを行っても、お金が支給される時期が企業によって違うのも懸念されるポイントです。政府の回答によると「支給される時期や方法は事業主がおのおの決定する」としています。つまり実際に支給されるのは保険料を納付してから1~2か月程度遅れるかもしれません。また給付方法に関しても毎月支払われるのか、数か月分を一括で給付するのかなどもはっきりしません。
労働力の大幅な増加の保証はなし
今回の施策で、労働時間を気にせず勤務できるのはメリットでしょう。しかしこれまで労働時間をセーブしてきた人全員が長時間労働してくれるかというと、決してそうではありません。短時間労働している主婦の方の中には、年収の壁以外の問題があって働けないケースも多いからです。
コネヒト株式会社が不要内で働いている主婦の方に「扶養範囲を気にせず働くために何が必要ですか?」というアンケートを実施しました。その中で最も多かったのは、年収の壁ではありませんでした。最も多く挙げられていたのが「子どもの預け先の確保」で、次に多かったのが「家族や周囲の協力体制」です。つまり年収の壁をクリアできたとしても、即フルタイムや同等の働き方ができるわけではありません。
待機児童の問題は、しばしばメディアでも取り上げられました。このアンケート結果を見ると、勤務中子どもを預ける場所の確保はなかなか難しいことがうかがえます。また「家族や周囲の協力体制」は、旦那さんの育児に対する考え方の問題です。
夫婦共働きの世帯も近年では多くなりました。しかし問題になっているのは、夫婦間の家事負担の割合です。女性の方が圧倒的に多く負担しているといわれています。夫は残業などでなかなか帰宅しないので、妻が育児や家事を行わないといけないわけです。こちらの課題を解決できないと、結局育児や家事をしなければならないので女性が長時間働けなくなってしまいます。
このように見ていくと、年収の壁を解消するだけでは不十分です。それと並行して、働き方改革を推進して、パートナー間の労働時間のアンバランスを是正していく方針も打ち出さなければなりません。
あえて社会保険に加入する方法も
年収の壁のことを考えて、収入を調整するのも一つの方法です。一方で、どんどん働いて収入を増やしていくというのも一つのアプローチといえます。106万円や130万円を超える所得が得られれば、社会保険に加入しなければなりません。社会保険料を負担するのはデメリットですが、社会保険に加入することで受けられる恩恵もあります。どのような恩恵があるのか紹介します。
手当金が発生する
保険に加入することで、手当が発生するのはメリットです。まず疾病手当金が挙げられます。業務以外のアクシデントでけがしたり、病気にかかったりして会社を休んだ場合に適用されます。1年6か月を上限として、給料の約2/3の手当金がもらえる制度です。
また出産手当金も発生します。妊娠して出産するとなると、仕事は休まざるを得ませんが疾病手当金と同様に、給料の2/3が支給されます。支給期間は出産日の42日前から56日後と98日間もらえるので、出産する際の経済的な支えになるでしょう。このような手当が発生するので、いざという時でも安心です。
年金受給額が増える
厚生年金に加入するので、国民年金と比較してより多くの年金が受け取れます。2023年度の実績だと、国民年金の場合40年間保険料を支払い続けたとしても、年間で受給出来る金額は795,000円です。厚生年金に加入すれば、プラスアルファの額が手に入ります。老後仕事ができなくなったとしても、年金である程度生活は賄えるでしょう。
厚生年金に加入していれば、障害厚生年金や遺族厚生年金が受け取れるのもメリットの一つです。国民年金だけでは受け取れないお金なので、該当する事態が発生した場合には助かるでしょう。
障害年金は、事故などでけがをしてしまって一定の障害を受けた場合に受給できる年金です。障害を負ってしまうと、今まで通りに仕事ができない可能性も出てきます。そのような時に年金が支給されれば、一安心です。
遺族年金は自分が亡くなった場合に支給される年金のことです。自分が亡くなっても家族に年金が出るので、当面の家族の生活はそのお金でやりくりできるでしょう。自分にもしものことがあった時に、家族を路頭に迷わせたくないと思っているのであれば、あえて年収の壁を越えて社会保険に加入することも検討してください。
まとめ
2023年10月に厚生労働省が打ち出した年収の壁・支援強化パッケージについて詳しく紹介しました。助成を手厚く行うことで年収の壁を越えた従業員の、経済的な負担問題はある程度改善されるでしょう。しかし、あくまで2025年末までの時限的な施策となっています。果たしてどの程度の効果が期待できるか、不透明な部分も多く残っています。また、男性の家事や育児への積極的な協力や子どもを預ける場所の確保など、年収の壁とは別に存在しているほかの課題の解決にも、並行して取り組む必要があると言えるでしょう。